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Uターン移住で本山町へ。教育を通し、家族と生徒とともに歩む日々。

高知市で生まれ育ち、大学進学を機に関東へ出たサトウさん。
ライフスタイルの変化とともに、国内外さまざまな土地へ移り住みました。
高知県の教員採用枠が増えたタイミングでUターンを決意し、2025年春から嶺北高校の教員に就任。
教員9年目にして初めての担任、そして息子の発達特性と向き合いながら、この地域の教育について考える日々を送っています。

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サトウ マサヨさん / 2025年3月 本山町移住

Uターン移住、そして初めての担任業へ


―――本山町に移住したきっかけを教えてください。


私はもともと高知市で18歳まで育ちましたが、関東の大学に進学し、そのまま関東で就職しました。でも根っこが田舎者なので都会に慣れず。転職を繰り返しながら「地元帰るしかないか」と脳裏には浮かんでいました。ただ、「これじゃ負け犬みたいだな」と思って。そこで、転職のタイミングで中国に行くことにしました。

中国でIT関係の仕事を始め、今の夫に出会いました。4年くらい経ったころ、暮らしについて考え直すタイミングが訪れて帰国を決意。帰国後は夫の実家がある秋田で新しい生活を始めました。

秋田では私ができるような仕事がなかったので、大学時代に取った教員免許を使って、初めて塾の先生という仕事に就きました。そこで、子どもは可愛いし、自分は勉強が好きだということに改めて気づかせてもらいました。

それから、夫の仕事の事情で関東に戻ることになって、私は私立の非常勤講師に2年従事。同僚に「お子さんが欲しければ公務員になった方がいい」と言われたのをきっかけに、千葉県の教員採用試験を受けました。

千葉での教員歴は8年ですが、途中で子どもを2人産み、子育てしながらの仕事だったので、担任になったことはありませんでした。

―――そこから高知に戻ろうと思ったきっかけは?


はっきり言って、千葉で人生を終えるはなかったという感じです。
千葉で教員をしながら、環境を変化させたいとずっと思っていて。高知県の教員採用試験の枠を見たり、移住のイベントに行ったりしていました。高知県の高校国語は若干名の募集しかない状態が数年続いていましたが、令和7年度に4名採用と出たので、これは県が採用する気になったなと思い、受験しました。

本山町を選んだのは、東京の移住フェアで本山町と土佐町の話を聞いていたので、そのエリアを狙っていました。その他、香美市も見ていましたが、娘の保育園に落ちてしまって。娘を預けられないとなったら無理だということで、本山町に決めました。

嶺北高校で感じた、教員のスキルと人の良さ


―――今は担任と進路指導をされているんですよね?

はい。去年の春から初めて2年生の進学クラスの担任と進路指導部に入りました。初めてのことばかりで結構忙しいのですが、驚愕したのは、「高知県の教員はスキルが半端ない」ということ。一人ひとりが抱える仕事量が多いせいか、マルチタスクな上にキャパシティも大きいです。

千葉では「その仕事の担当はあっち」という感じで、役割分担がきちっとしていて、ある意味ドライでした。その方が全体的に上手く回るのだと思います。しかし、高知は人が足りないせいか、一人で何でもやるのが当たり前。そうしなければ回らない。20代の若い先生も断然私より仕事ができます。ベテランの先生方は、言わずもがな。回している量も、種類も半端ないけれど、全員それができるというのは驚きです。

また、本当に恵まれているのは、今の職場の方々は皆、人が良いので、困ったら助けてくれるし、それが普通のことになっている。特に嶺北高校は管理職に恵まれています。下が失敗した時に、「君の責任だよね」と尻尾切りをするのではなく、「いやいや、人間だから誰だってあるでしょ。ごめんなさいは僕がするから大丈夫」という上司ばかりなので、とてもやりやすいし有難い。その分気を引き締めないと、と思いますね。

嶺北高校は少人数だからこそ、一人ひとりに目を向けやすいとは思います。難しいのはクラスが非常に多様なこと。

一般的に高校は偏差値やある一定の地域で区切られるので生徒の質が似てきますが、それが嶺北では難しい。県外留学の寮生もいますので、偏差値も生まれ育った地域も全く違います。授業ひとつとっても、簡単すぎてつまらない子、ピタっとハマってくれる子、難しくてついていくのが大変な子と様々です。それを一時間でどうやって進めていくかはまだ模索中です。

息子の教育環境と、この地域の教育資源


―――お子さんの教育環境についてはどうですか?


今、社会的に非認知能力が非常に重要視されていると思います。息子は発達特性があって、土をいじりだしたら永遠にいじる、虫を探しだしたらもう一生虫!という子ですが、そういうことにグッとはまれる環境がここは整えられています。

母親としては、小学校や保育所の体制がとてもありがたいです。息子は教室にずっと座っていられなくて、蝶が飛んでいたら蝶々の方にいってしまう。でもそれを用務員さんが相手をしてくれて、一緒に蝶々の話をしたり、土いじりをしたり。

もし息子を千葉の小学校にそのまま入れていたら、おそらく普通学級にはいられなかったと思います。でもここでは、クラスが十数人しかいないので、担任と補助員さんのいる普通学級で受け入れてくれています。

あとびっくりしたのは、息子のことで関係機関に行った時に、担任の先生と校長先生がついてきてくれたこと。先生の立場から直接学校での状況を伝えてくれることがあって、相当手厚いと感じました。


―――一方で課題もありますか?


もちろん課題もあると思います。特に感じるのは、発達特性や障がいを持つ子どもたちの、放課後や休日の預け先が不足していること。専門知識のあるスタッフがいる場所が少ないので、子どもは叱られることが増えて自己肯定感が下がり、保護者は預けることを申し訳なく思い、預け先のスタッフの方々は手がかかるのでストレスが増える。良くない連鎖が発生しやすいと思います。私自身も直面している問題で、これは嶺北だけではなく、国レベルで考えていかなければならない課題だと思います。

あと、教員として見ると、非認知能力はもちろん大事ですが、学力をおろそかにはできない。学習塾も少ないので、基礎学力を伸ばす環境はもうちょっと強化していったほうが良いのではと思います。

生徒と同じ人間として、できないことは任せていく


―――生徒と関わる上で大切にしていることは?


同じ人間だと思って接しています。私自身、偉そうな先生が嫌いなので。「友達すぎる」と言われることもありますが、怒るときは怒ります。生徒たちが調子に乗りすぎると「それは無礼です」と急に氷のトーンになるので、時々びっくりさせてしまいますが(笑)立場は先生ですが、人間としては同じですよね。

あと、失敗談を語ること。「これが私は苦手」とか、「これはできない」とか「これでやらかした」とか。クラスのロッカーの配置を決めるのも、私は数字と空間認識能力が弱いので、四苦八苦30分考えてもできない。

ふと、クラスの理系の子に頼んでみたら5分で完璧に決まりました。生徒の個性を見て、どんどんクラスのことは任せていく。「私はできないので助けてください」というスタンスでやっていこうと思っています。


―――工夫していることはありますか?


私は国語の教師なので、とにかくクラスで課題を出すようにしています。自分で読んで考えて “書く”課題ですね。今の子は書けない子が多い印象ですが、大学入試で書けないと入れない場合もある。就職のときも志望理由を書かないといけない。自分の思いを言語化する必要があるので、とにかく書かせて、 書いてきたものは全部添削しています。

「コメントを返してくれる先生は初めてです」と言う生徒もいますが、基本ネガティブなコメントです(笑)主語がない、目的語がない、句読点がないとか。それでも書いてくる子はしっかりと書いてくるので、クラス全体の国語の偏差値も伸びて、結果も出てきています。

教員として、親として、この地域の子どもたちと一緒に成長していけたらと思っています。


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