「都会の歯車のように働くのはもういいかな」――そんな思いから大阪を離れた長谷川さん。水のきれいな土地を求めて宮崎、高知を巡り、最終的にたどり着いたのは大豊町でした。
“隠居”を掲げながらも、人や地域とつながりながら日々を広げている暮らしをのぞいてみましょう。

長谷川 健太(はせがわ けんた)さん / 2024年11月 大豊町移住
移住のきっかけは「きれいな水」と「隠居願望」
―――たくさんある町の中で、大豊町に出会ったきっかけって、どんなことだったんですか?
2024年の夏、長年暮らしていた大阪を離れ「どこか田舎へ行こう!」と思い立ったのが移住の始まりでした。
もともと都会で働きながらも「自然の中で過ごしたい」という思いは心のどこかにずっとあって。どうせ移住するなら究極の形を――と、自給自足しながら静かに暮らせる土地を探す旅に出たんです。
移住する上で特に大切にしていたのは“水”。水道水ではなく、山からの自然水を使える場所が絶対条件でした。それに寒いのが苦手なので、暖かい場所を探していたら、検索で出てきたのが宮崎県と高知県。前職に宮崎県出身の方がいたので、その方の話を元にまず宮崎県から回ってみたんです。1ヶ月かけて条件に合いそうな場所を巡ったものの、どこも簡易水道になっているところばかりで。なかなか思うような場所は見つかりませんでしたね。
それで次に高知へ。最初に訪れた土佐町だったんですが、そこにも条件に合う土地はなくて。でもそこで今一緒に働いている林業の親方と出会い、親方の住む大豊町を知ることになったんです。大豊にはまだ手がついていない空き家も多く、暮らすには過酷なところもあるけど、その分本物の自然が残っている場所があると聞きました、一旦県内の他の土地も見て回りましたが、最終的には大豊町へ戻ることに。
親方のご厚意で2か月ほど滞在させてもらいながらじっくり探して、ようやく今の家に出会えたんです。ここは水もあって、自給自足の生活が叶えられそうでしたので。
最初は大豊に移住する予定なんて全然なかったんですけどね。振り返ってみると、人との繋がりがあったからこそ、今ここに暮らせているんだと思います。
林業と地域活動、二つの顔
―――ここに移住してからは、どのような活動をしているんですか?
今は地域おこし協力隊に所属していますが、ミッションが林業なので、親方のところで働いています。林業は以前一緒に働いていた先輩が仕事辞めて、林業やっているっていう話を聞いてから、ずっと頭の隅に残っていて。山の中で生活するなら、自然の何かが出来たら、山に住むなら山の仕事がいいんじゃない?と思ったんですよね。平日は山仕事に励み、空いた時間には地域の掃除や草刈り、周辺地区の祭りごとなどにも積極的に参加しています。
隠居生活と思ってこっちに来たくらいなので、本当は家にこもるのが好きなんです。でも田舎で暮らすなら、人と繋がって顔を知ってもらわないと。あとこっちにきて考えるようになったのは、受け継がれてきたものの終わり方。
今住んでいるところって僕くらいしか若い人がいなくて。ここにも昔は神社があって、神祭があったけど今は人がいなくて継続出来ず、もうなくなっちゃってるんです。他の地区のお祭りがなくなっていくのは嫌だし、みんながいなくなったあと、最後をどうしたらいいかってなった時は、自分に降りかかることなんですよね。何もしません、ってわけにはいかなくて、今から知っておかないと。
静かには暮らしたいですが、どういう形であれ、自分の番が来たら担わなければいけないという覚悟は、ここに住んでいく以上持っておかないと、とは思っています。
知恵を受け継ぐ暮らし
―――実際ここでの暮らしはどうですか?
昔と比べたら、ほんといろんなことをするようになりましたね。誰かに「やってみる?」って声をかけてもらったら、とりあえず挑戦してみようかなって思えるようになったんです。田舎の暮らしって初めてのことばかりで、わからないことだらけ。だから周りのみなさんにたくさん教えてもらっています。
この前は庭の木に梅がたくさんなったので、教えてもらいながら初めて梅干しを漬けてみました。いろんな人に聞いてみたら、やり方がほんとに家庭ごとに違うんですよ。塩加減ひとつでも、“昔ながらのしょっぱい派”から“今風の控えめ派”までさまざまで。そういう知恵を分けてもらえるのはありがたいなぁって思います。
保存食の知恵とか、季節ごとの工夫とか――田舎で暮らしていくには、地域の人から受け継がれてきた知恵が欠かせないんだなと感じています。でも実際は、その知恵を持っている人も少なくなってきていて、「昔はどうしてたんですか?」って聞いても「うーん、わからんなぁ」って返ってくることも多いんです。だからこそ、まだ昔の暮らしを知っている方がいるうちに、これからの“隠居生活”に向けて、できるだけたくさん学んでおきたいですね。
“隠居”から広がる、新しい挑戦
―――これからの予定は?
「自給自足で暮らしたい」って思いがあるので、来年は友人と一緒に田んぼを始める予定です。正直、一人ではそこまで考えてなかったんですけど、せっかくのチャンスだし挑戦してみようかなと。やっぱり白米より玄米を食べたいっていうのもあって(笑)。あとは自給自足に向けて畑も始めたいし、猟犬を迎えて銃の免許も取れたらいいなって思っています。
一方で、ちょっと意外かもしれないんですけど、最近は3Dプリンターを始めました(笑)。地域のお祭りで射的の景品を作ることになって、前から気になっていたので思い切って購入したんです。子どもたちのためにフィギュアを作っているうちに、「子どもたちが描いた絵をそのまま形にできたら面白いんじゃない?」って新しいアイデアも浮かんできて。自分だけが楽しむんじゃなくて、子どもたちの成長につながったらもっといいですよね。
3Dプリンターもそうですが、パソコンでゲームもするし、漫画も読むし、家電はスマートリモコンで操作したりします。家に来てくれた人にはよく「隠居したいって言ってるわりに、けっこう現代的だね」なんて言われます。
周りの人は僕が何をしたいのかって思っているかもしれませんが、でも僕としては、その時その時に「やりたい」と思ったことをやってるだけなんですよね。何せこれは“隠居生活”なんで(笑)人生ってお金を稼ぐことだけじゃないし、自分がやりたいことをやって生きていけるんだってことを、自然と伝えられたらいいなと思っています。






