山に囲まれた永渕の集落に立ったとき、
そこに懐かしい風景を感じたというビノッドさん。
人の声がして、暮らしが続いていて、子どもたちが自由に育つ場所。
集落の人々に支えられながら、カレー屋「永渕食堂 Shanti(シャンティ)」を営み、家族とともに穏やかな日々を重ねています。
この土地で暮らしをつくる——そんな移住のかたちが、ここにあります。

シャンティ ・ビノッドさん / 2017年 大豊町移住
山のある暮らしを探して、たどり着いた場所
インド北部に住んでいた頃のこと。
旅行で来ていた日本人の女性たちに、ビノッドさんは声をかけました。
「こんにちは。チャイ飲みますか?」
その声をかけた女性のひとりが、今の奥さんです。
一緒にチャイを飲みながら話をしていると、
「山に登りたい」と話してくれたそう。
「山だから、何が起きるかわからないし。誰か一緒におったらいいかなって」
そう思って案内したのが、すべての始まりでした。
奥さんが日本に帰ってからも、連絡は続き、
30歳くらいのとき、結婚を機に、生まれて初めて日本へ。
最初は奥さんの住んでいた埼玉で暮らし始めます。
解体の仕事をしたり、工場の出荷場で仕事をしたりしながら
電車の乗り方も、日本での暮らし方も
少しずつ、体で覚えていきました。
5年ほど経つと、埼玉での暮らしには慣れてきましたが、
自分も奥さんも、心のどこかで
「田舎に住みたい」という思いを持ち続けていました。
上の娘さんが小学校に上がる前に、
移住先を探し始めることに。
奥さんが東京の移住フェスタに足を運び、
そこから1か月休みを取って、
熊本、宮崎、四国と、いろんな土地や家を見て回りました。
高知ではまず土佐町へ。
その流れで、NPO元気おおとよの方に案内され、
大豊町を訪れることになります。
永渕の集落に来て、
今住んでいるこの家を見た瞬間、思いました。
「これは、インドか!」と。
山の形や集落の雰囲気が、
インド北部の故郷と重なったのです。
ほかにも候補はありましたが、
決め手は、この集落には”人がいること”でした。
「いい家はいっぱいあったけど、なかなか周りは何もない」
子どもがいるからこそ、
何かあったときに、声をかけられるひとがいる場所がよかった。
そう話します。 最初に来たときは、大家さんに会えませんでしたが、
もう一度、この場所が気になって戻ってきたとき、
ちょうど会うことができました。
「もう、タイミングだったね」
そうして、この集落への移住を決めます。
埼玉に戻って準備を進め、約1年後、永渕での暮らしが始まりました。
家を直しながら、暮らしと店をつくる
移住してから、まず取りかかったのは家の修繕でした。
借りた家は、半分しか使えない状態。
今、お店になっている場所は、壁がすべて腐っていました。
それでも、この場所を見たときから
「ここでお店をやりたい」
その気持ちは、もう決まっていたといいます。
大工さんに見積もりを出してもらうと、思っていたよりずっと高くて。
とりあえず自分で壊すことを決め、たくさんの人の手も借りながら、
自分たちで半年かけて少しずつ解体していきました。
この場所で店をやることについては、
当初、周りから反対の声もあったそう。
「ここで店やっても、誰も来ないよ」
「こんな場所で、誰が来るの?」
それでも、二人にははじめから
「一回ご飯食べたら、また来てくれる」
そんな自信がありました。
実際、最初の1年半は、
周りの声の通り、お客さんはほとんど来ませんでした。
それでも店を続けていると、テレビの取材が入り、
少しずつ、知られるようになっていきます。
「知らなかったら、来ないですよね。
どれだけおいしいものがあっても」
テレビや本をきっかけに、
今では遠くから足を運んでくれる人も増え、
2度、3度と通ってくれる人も。 「お客さんのおかげですね。本当に」
顔の見える人たちと暮らす日々
永渕に来て、一番印象に残っているのは、引っ越ししてきたのときのこと。
集落のみんなが集まって、歓迎会を開いてくれました。
高知流の飲み方で、一人ずつ挨拶して、お酒を飲んで。
自分はお酒には強い方だと思っていたけど、
「一回みんなのところ回ったら、もうアウトだった(笑)」
とビノッドさんは笑います。
でも、それがすごくうれしかった。
ちゃんと自分たちの話を聞いてくれて、受け入れてくれていると感じたからです。
「涙出ちゃった、あの時は。みんなあたかかくて。」
普段の暮らしでも、集落の人々とつながりを感じる場面はたくさんあります。
永渕集落で野菜をつくっている方も多く、
気づくと家の前に野菜が置いてあることもしばしば。
集落のおじいさん、おばあさんたちは、本当に元気な方が多く、
腰が曲がっていても、みんな一生懸命に体を動かしています。
その姿に、日々励まされていると話します。
「それを見てがんばらないといけない。私はまだ若いからさ」 お店が休みの日は、集落の困りごとを手伝ったり、
ゆずの収穫を手伝ったりしながら、少しずつ良い関係を紡いでいます。
この景色とともに、ゆっくりと夢を描く
「一番はね、この景色」
ビノッドさんが永渕で一番好きなもの。
それは、この場所から見える景色です。
朝、山の向こうから太陽が上がってくるのが気持ちいい。
毎日この景色を見て、大好きだと感じています。
雪が降ると、車も通らなくなる道で、
子どもたちと一緒にソリで遊ぶ。
それもこの暮らしの楽しみのひとつ。
移住したとき、子どもは6歳、3歳、1歳。
今は一番上が15歳になり、高校のことも考える年になりました。
正直に言えば、
もう少し電車が増えてくれたら、と思うこともあるそうです。
人が減って、不便なところがある。
それも、この場所で暮らす事実です。
それでも、ここでは自然に触れて、自由に遊ぶことができます。
「息子なんか、土日いないですよ。
いろんなおじさんのとこ行って」
集落のおじさんの手伝いをして、
野菜やお菓子をもらって帰ってくる。
家には友だちも遊びに来るし、
お店に来たお客さんの子どもたちも、一緒になって遊んでいます。
「すごいピースフルですよね、ここは本当に。
何も考えないで、風と一緒に吹いていって」
これからの夢も、ゆっくり進めていきたいとも話してくれました。
奥さんは宿をやりたい。
自分は、カレー屋をやりたい。
それが、昔から夫婦それぞれが持っている夢。
「奥さんは宿。私は店。それが持っているやりたいこと。
これできたら満足ですね」
できれば、この集落で。
歩いて行ける距離で、暮らしの延長として。
「ゆっくり、ゆっくり」
その言葉どおり、
ビノッドさんと家族の永渕での暮らしは、
今日もまた、ゆっくりと続いています。





