40年間東京で働き続け、定年を機にふるさとである高知県本山町へ帰ってきた吉村さん。現在は本山町役場で集落支援員として働きながら、「お米日本一コンテストinしずおか」で最優秀賞を2度受賞したブランド米「土佐天空の郷」の栽培に取り組んでいます。
米農家としてはまだ4年目。地域のベテラン農家に学びながら、試行錯誤を続けています。定年後はふるさとに戻ると決めていたという吉村さん。第二の人生を日本一のお米作りに捧げようと思った背景には、ふるさとや「土佐天空の郷」への深い想いがありました。

吉村 英二(よしむら えいじ)さん/本山町移住
東京での40年。その先に見据えていたのは、ふるさとでの農業
吉村さんは20歳の時に、就職を機に本山町を離れました。東京で働いてみたいという思いから上京。日立ビルシステムという日立のエレベーターの生涯を担う会社に就職しました。以来40年間、一つの会社に勤め続け、キャリアの後半には官公庁の大型案件を担当する現場代理人として活躍。昼は顧客対応や書類作成、夜は工事立ち会いという忙しい日々を送っていましたが、仕事は充実していたといいます。「辞めたいと思ったことは一度もなかったですね」
一方で、若い頃から変わらなかった思いが。それは「東京は便利だけど、生涯住む場所じゃない」ということ。定年後に本山町へ帰ることは、実は上京した時から決めていたという吉村さんですが、その理由の一つに農業への関心がありました。
「食べ物を作れる人は強いと思いませんか。いつの時代でも必要とされる。だから自分も農業をやって自給率を上げたいと。」
長年思い描いていた第二の人生が、定年を機に幕を開けました。
「地元の米が日本一!?」憧れから始まった挑戦
帰郷後、吉村さんが挑戦したのはふるさと・本山町のブランド米「土佐天空の郷(通称:天空米)」の栽培。興味を持ったきっかけは、2010年に日本一のお米に選ばれたという知らせからでした。
「新潟や東北のお米なら分かるんですよ。でも、自分の地元のお米が日本一になるなんて信じられなくて。」その驚きは、次第に憧れへと変わっていきます。「もし農業をやるなら、自分も日本一のお米を作ってみたい」
そう決意した後、地元へ戻りすぐに米作りに取りかかりました。とはいっても、米作りは未経験。1年間は先輩農家に教えてもらいながら、2年目からは本格的に米作りをスタートさせました。
現在栽培している土佐天空の郷には厳しい基準があります。使用する肥料や農薬の基準が定められ、海洋深層水由来のにがりを散布することも条件の一つ。さらに粒の大きさや食味の検査をクリアしたものだけが、ブランド米として出荷されます。
「先輩たちがおいしいお米をつくるために、長年研究を重ねてきた。今も続いているのはその土台があってこそ。そう思って作らせてもらっています。」真剣な表情でそう語る吉村さん。ブランド米の担い手としての責任感が伝わってきました。

地域に広がる棚田

地元のブランド米「土佐天空の郷」
お米は水が命。試行錯誤が続く4年目の今
現在、吉村さんは本山町役場で集落支援員として働く傍ら、約8反(約8,000㎡)の田んぼで米作りをしています。
まず、米作りの基本として師匠から教わったのは、「お米は水が命」だということ。水を切らさないようにするため、春から夏にかけては早朝から田んぼを見回り、仕事が終われば再び田んぼへ向かう生活が続きます。しかし、単純に田んぼに常に水を張っておけばいい、というわけではないのだそう。稲の成長に合わせて水量を調整し、時には水を抜く「中干し」も必要になります。
本当に難しいのはこの水加減。田んぼごとの特性によって異なるそうで、長年米作りをしている農家はそれを経験で把握しています。「ちょうどこれくらいの水、というのが田んぼによって違う」ため、見極めが難しい。師匠に相談しても「枯らさないようにしろ、とだけ言われました(笑)」。水を入れすぎてもだめ、切らしてもだめ。水の入る場所によっても、水の温度が違うことで生育に影響が出る。
「同じ田んぼで何年も米を作りながら、覚えていくしかないんでしょうね」と吉村さんは笑います。
役場での仕事がない日は、ほぼ田んぼに出ているという吉村さん。忙しい毎日を送りながらも試行錯誤を続けていけるのは、何と言っても土佐天空の郷のおいしさに惚れ込んでいるから。吉村さんの田んぼがある吉延地区は、清流の水に恵まれ昼夜の寒暖差も大きい地域。栽培方法のほかに、こうした環境もお米の甘味や旨味を育てることにつながっているそう。本山町だからこそできる米作り、といっても過言ではありません。
実は、東京にいた40年の間も実家から送られてくる本山町のお米を食べ続けていたという吉村さん。子どもの頃から当たり前のように食べてきたふるさとのお米ですが、実際に育ててみるとその大変さは想像以上。それでも、自分の手でその味を育てられることに大きなやりがいを感じているのかもしれません。

棚田は草刈りも大変

穂を垂れる土佐天空の郷
目指すは再び日本一。米農家としての大きな目標
全国の米屋からも高い評価を受けているという「土佐天空の郷」。しかし一方で、生産者の減少という課題も。「このお米を楽しみにしてくれているお客様に、このまま十分な量を届けられなくなるのは申し訳ない」という吉村さん。現在は40〜50名ほどの生産者がいますが、その多くは長年米作りに携わってきたベテラン農家です。土佐天空の郷というブランドをこれからも守り続けていくことの大切さを痛感しています。
今後の目標はこう語ってくれました。
「やっぱりもう一度、日本一を取りたいですね。自分の育てた米で取れたら最高です!」
2010年、2017年と二度も輝いた日本一という称号。自分が育てたお米が、その評価を受ける日が来ればと願っています。
40年間の会社員生活を終え、ふるさとで始まった新たな挑戦。朝夕の田んぼ巡りを続けながら、吉村さんは今日も日本一の米を丹精込めて育てています。

コンバインに乗る吉村さん

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