「ごはんを食べさせてもらったり、家族の輪に入れてもらったり。本当に、こういう世界がまだ日本にあるんだって思った」――そう語るのは、岡山県から大川村に来た小林さん。
みどりのふるさと協力隊として1年間を過ごしたのち、いまは地域おこし協力隊として、集落活動センター「結いの里」で働いています。1年で出会った人たちとの時間、そして、これから届けていきたいものについて、お話を伺いました。

小林 夏子(こばやし なつこ)さん / 2026年4月 大川村
地域活性化への関心から、高知大学へ進学
――岡山県ご出身とのことですが、高知大学、そして大川村に至るまでの経緯を教えてください。
もともと太陽の光を浴びるのが好きというか、屋根のあるところにいたくない性格で(笑)。仕事するなら農業とかがいいなって思って、農林海洋科学部のある高知大学に進学しました。でも農業だけじゃなくて、高校の時から地域活性化とか地域おこしにも興味があったんです。なので、高知大学を選んだのは、フィールドワークがいろいろあると調べて出てきたのがきっかけ。あと、たまたま友達と旅行で高知に来た時に、海がめっちゃきれいで「ここいいな」って思ったのも決め手でした。 専攻は農村社会学。田舎の暮らしや文化を学ぶ分野です。「地域のために何かしたい」って思って勉強しましたが、実際にどんな人が、どんな仕事や生活で地域を成り立たせているのか、大学の勉強だけでは分からないなって感じていて。1年間現地に行ったら分かることがあるんじゃないかと思って、大学卒業後の進路として、みどりのふるさと協力隊に応募しました。 派遣先は全国で10地域ほどあって、希望を3つまで出せるんですけど、第一希望に必ずなるわけじゃないんです。私も実は大川村は候補にはあったものの、第一候補ではありませんでしたが、マッチングで決めていただいて。大川村には前に一度、車で通り抜けたことだけあったんですけど、こんなに奥まで人が住んでいるとは、正直知らなかったです。
「おいしいごはんを食べさせてもらった」1年間
――みどりのふるさと協力隊で大川村に来られた1年間は、どんな時間でしたか?
すごく楽しくて、学びが多かったです。農家さんのところにお手伝いに行ったり、学校や学童に行ったり、役場のお手伝いをしたり、いろいろ行わせていただきました。 いちばん印象に残っているのは、行く先々でごはんを食べさせてもらったこと。働くというよりお手伝いという不思議な立場で、お礼にごはんをごちそうしてもらったり、お喋りに混ぜてもらったり、家族の輪に入れてもらったりして。「本当にこういう世界がまだ日本にあるんだ」って思いました。利害関係じゃないところで、当たり前のようにそういうことをしてくれる。それが素直にすごいなって。 初めましての挨拶から始めて、行事でご一緒するようになって、少しずつ村内のいろんな集まりに呼んでもらえるようになる。ちょっとずつ、時間をかけての関係の作り方みたいなものを、1年をかけて体感しながら勉強できた気がします。濃い1年間でしたね。 その1年を通して、地元に帰るとか他の地域に行くとか、いろんな選択肢もあったんですけど、「顔の見える人たちのために、一緒に働きたい」って思うようになったんです。せっかく1年間ここでいろんなことをしてもらったので、何かお返しじゃないですけど、この人たちのために何かできたらなって。それで、大川村の地域おこし協力隊に応募しました。
集落活動センター「結いの里」で
――今は地域おこし協力隊として、どんなお仕事をされていますか?
主な仕事は、集落活動センター「結いの里」の運営です。ここは道の駅のような機能も持っていて、観光案内や物販、土日祝日には大川村の特産品を使った食事の提供もしています。村で作られた野菜やお菓子、工芸品などを販売して、訪れた方に紹介する場所ですね。 私の仕事は、主にお店番と、SNSの運営を含めた広報活動です。 役場担当の方と話をする中で、「地域と人をつなぐ何かをしたい」という私の希望も汲んでいただいて、村の玄関口である結いの里なら、地域の人も、外から来た人も集まる場所だから合うんじゃないかって提案してもらいました。まだ2ヶ月目ですけど、少しずつお店番にも慣れてきたところです。 直近の目標は、お店番を完璧にできるようになること。そしてゆくゆくは、結いの里の売上を上げていくことが課題です。方法はまだ手探りですけど、頑張りたいなと。 広報として伝えていきたいのは、商品のことだけではなくて、その裏にあるストーリー。味噌や野菜って、言ってしまえばどこにでもある。田舎に行けばメジャーなものかもしれない。でも、大川村ならではの違いは、ここに住んでいる人たちなんですよね。作り手さんがどんな思いで作っているのか、そこも一緒に伝えていけたら、それをきっかけに大川村のファンが増えたらいいなって思っています。 みどりのふるさと協力隊の1年間で、作り手さんたちと知り合えていたのは、本当にラッキーだったなって思います。
季節が近くて、心にゆとりができた
――大川村に暮らしてみて、自分の中で変わったことはありますか?
「急がなくてもいいんだ」って思えるようになったのが、大きい変化かもしれません。競争があるわけじゃないし、なんとなくのんびりしてる感じがして、心にゆとりができたなって思います。 あと、季節を近くに感じられるようになりました。通勤しているだけでも山の色が変わっていくのが分かるし、出てくる生き物も違うし、鹿の毛の色まで変わるのが分かる。大学時代は海が近い平野の方に住んでいたので、そんなに季節を感じたことがなくて。「わざわざコスモスを見に行く」とかしないと感じなかったんですけど、今はそのへんに何でもあって、アジサイも普通に咲いている。心が豊かになったなって思います。 住まいも、この2ヶ月で引っ越しました。前は山の中の住宅に住んでいて、それはそれで自然が近くて楽しかったんですけど、今はダム沿いの新しい支援住宅に入って。ずいぶん暮らしやすくなって、「文明の進化ってすごいな」って感じているところです(笑)。 去年は公用車を使わせてもらっていて村の外にはあまり出られなかったんですけど、今はお休みの日に土佐町や本山町、大豊町のご飯屋さんに行ったり、四国内をもう一度めぐったりしています。他の地域も詳しくなって、結いの里に来てくれた方に「近くだとここもおすすめですよ」ってお伝えできるようになりたいなって。大川村だけじゃなくて、嶺北全体の魅力を、これから少しずつ広げていけたらと思っています。






