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偶然の出会いから始まった大豊町移住。一匹狼だった夫を変えた人との温かなつながり

2018年に旅行で偶然出会った大豊町。その後何度も足を運ぶうちに地域の人たちと友達になり、2025年に大阪から移住を決意したご夫婦。小高い丘の上に建つ古民家を購入してリフォームし、草刈りのお手伝い仕事で暮らしを立てながら、大阪時代とは180度違う穏やかな日々を送っています。

小林 信之(こばやしのぶゆき)(こばやし のぶゆき)さん 英美(えみ)(えみ)さん/2025年 1月 大豊町移住

何度も通って見つけた、大豊町との運命的な出会い

―――大豊町に移住したきっかけを教えてください

信之さん:

2018年に2人で四国と九州を2週間くらい旅してたんですよ。ただ単に旅行で。最終日、大阪へ帰ろうかっていう時になって、このまま大阪に帰るのはもったいないなと旅を終えるのが惜しくなってきて。もう一ヶ所だけどこか行かせてくれ、って頼んで、大豊に来たんです。
その時にこの土地の山深さとかがすごく気に入って。で、それをきっかけに年に何回か、泊まりがけで遊びに来るようになったんですよね。

英美さん:

当時ちょうど2人とも仕事を辞めるタイミングで、次まで時間もあるし、せっかくやから旅行しようって、2週間くらい旅行に行ったんです。今思えばそれがきっかけになりましたね。

信之さん:

大豊では4軒の宿にお世話になったんですけど、何度も来るうちに、いろんな方にお世話になって、仲良くなって。自然と友達ができていったんですよ。
景観がとても気に入ってるし、そろそろ都会暮らしはいいかな、どこか移住したいねって話になった時、それなら「大豊しかない!」ってなったんです。

―――実際に住む場所はどうやって見つけられたんですか?

信之さん:

具体的に動き出したのが2024年。いよいよ住むところを探さないと、と思った矢先に、『NPO元気おおとよ』のスタッフさんと、たまたま大豊に遊び来ていた時に出会って。雑談してるなかで「空き家マッチングツアー今度やるんですけど参加しませんか?」って言ってもらったので、すぐ参加を決めました。

何ヶ月後かに、空き家マッチングツアーに2人で参加して、その日のうちに6件見てまわって、今住んでいる古民家を見つけたんです。他の5件よりも見るからに程度が良かったし、家からの景観もいいし、2人の意思も揃ったので、これはもう決めなあかんなって。

なんか不思議な縁みたいなのは感じましたね。
これ買いじゃないの?
ここ買えへんかったら多分もうないわ、ぐらいの気持ちでした。

英美さん:

あの日、たまたまスタッフさんと出会ってなかったら、空き家マッチングツアーなんて知らないままでしたし、すごい縁やな、って思います。

古民家を購入し、友人たちに支えられた新生活

―――移住してからの暮らしはいかがですか?

信之さん:

実際に移住したのは2025年の1月です。やっぱり移住する決定打になったのは、
“ひと”の存在ですね。いろんな方と仲良くなったので、大阪からこっちに来ても知恵を貸してもらいながらなんとかなるんじゃないか、って安心感がありました。
あと、移住する前から自分の家のリフォームは大豊の知り合いに頼もうと勝手に決めてて(笑)。プロの大工さんもいらっしゃるんですけど、どうせだったら、大豊で出会った友達に頼みたいなって気持ちがあったし、その知り合いのゲストハウスもなんでも泊まったけど、本当に素敵だったので、きっといい空間になると確信して頼みましたね。

英美さん:

移住してきた二日後に知り合いのご夫婦が実際に家を見に来てくれて。それから知り合いと奥さんのセンスで家の至る所が素敵に生まれ変わりました。自分たちはほとんど何もしてないです。お任せで頼みましたけど、本当に気に入ってます。

――今はどんな風に働いていますか?

信之さん:

とりあえず僕も会社勤めっていうのに区切りつけて、移住したので、こんないいところに来て会社員するのは嫌だなって(笑)。仕事探しも一応するにはしたんですけど、やっぱり何か自分でやりたいなと気持ちがありました。で、草を刈ったり、木を切ったりをしたいなと思って、こっちに来てすぐ草刈機とチェーンソーを買いましたね。

それから人伝で紹介してもらって草刈りの仕事が始まったんですけど、すごく予定が埋まったんですよ。これはいけるかもって思うくらい。大阪から来たばかりの自分たちが、そうやって仕事をもらうことができて、本当に人とのつながりに感謝しています。

草刈りの良さっていうのは、いろいろあるんですけど、ストレスが本当にないんです。誰かが監視してるわけでもないし、大阪でしてきた仕事と今やってる仕事は180度違います。で、すごく健康的。

休憩時間は、700メートルくらいの山の上から景色を見ながら2人でお弁当を食べる。それが単純だけど、都会で暮らしてきた僕らにはすごくいい。

元々住んでるところが大阪市内だったので、下に国道が走ってるし、一晩中車走っててうるさいんですよ。大豊へ2泊3日で遊びに来て大阪へ帰った時は、もう頭が割れそうなくらい。え、大阪ってこんなうるさかったっけ、みたいな感覚でした(笑)

こっちは朝、鳥の声が聞こえてくる。
僕らにとっては奇跡ですね。ここで生活してるということが。

一匹狼だった夫が変わった、人との温かなつながり

――移住されて、何か変化はありましたか?

英美さん:

夫が変わりました。一番最初に出会ったときからいうと人が変わったくらい。
一人行動というのか、一匹狼的なところがすごくあったので。

なのに、大豊に来始めてからこっちの人に自分からどんどん話しかけていくっていう姿を見てびっくりしました。誰にでも喋りかけて仲良くなっていく人なんだっていうのを初めて知りましたね。どっちかって言うと大人しめっていうか、そんなに喋る方でもなかったのに、こっちに来たらみなさんに「お喋りやね」って言われるぐらい、よーく喋る。本当はこんな人やったんや。こんなにお喋り好きやったんやねって(笑)

信之さん:

解放された感じ。それまで僕は、基本的に仕事場でも、プライベートでも、一匹狼的に生きるのが好きやったと思うんですよね。そんな自分が好きやったし、役職ついても何でも一人で解決するのがかっこいいみたいな。そんな“ものの考え方”で長く生きてきたんです。

でもなんかあの旅行、あの2週間で、人ってええよな、って単純に思っちゃって。
あったかいな、知らん人間にこれだけよくしてくれるんや、とかって感慨深かった。

で、過去を振り返ったときに、もっと人を頼ってよかったんかな、とかね。
自分のこれまでに対して、すごく大きな気づきがあったんですよね。

“OHTOYO BASE”として、これからの夢を描く

―――――これからの目標や夢はありますか?

信之さん:

草を刈ること、木を切ることを、もっと本格的にやりたいなと思っています。そんな大きくせずにね。大儲けしたいとかそんな気持ちはないです。自分たちの生活が成り立つ範囲でやっていきたいなと。

「OHTOYO BASE」って屋号があるんですけど、元々は遊びでステッカーを作って、軽トラに貼ってたんですよ。所さんの世田谷ベースのオマージュなんですけど、僕らを覚えてもらうのにも早いのかなと思って。そしたら、いよいよ草刈りで食べていこうかなってなってきたんで、この名前そのまま使うかって。はじめ作ったときはこうなるなんて、思いもしなかったですね。

こっちの人が言うには草刈りって、お仕事にする人なんてまあ少ないんですって。しんどいから。でも逆に誰も手出せへんところやったら、もう俺が行ったろか、みたいな気持ちです。

ただ、草刈りだけじゃ多分収入的にしんどいのかな、というのは少し感じてて。何かもう一つやりたいね、と今模索しているところです。ありがたいことに、周りの人たちがいろんなヒントをくれる。知り合いも、「ゲストハウスやってみませんか?」とか言ってくれてるし。だから、ゲストハウスっていうのはひとつ候補にはありますね。でも、草刈りみたいにまた何か声がかかることもあるかもしれないし、自分たちで何か思いつくかもしれないし。
まだ始まったばかりですが、これからもここでの生活が楽しみですね。

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